人と動物の関係学 CAIRC奨学金プログラム これまでの論文趣旨
これまでの論文趣旨
高価なペットに高価な服を着せる飼い主の心を探る
19世紀のイギリスと現代日本のブームを比較した興味深い研究
研究テーマ「犬に服を着せるのはなぜか?
〜19世紀イギリスから現代日本のドッグ・ファッションを読み解く〜」
日本女子大学人間社会学部・助教授 坂井妙子

現代の日本、とくに都市部では、イヌに服を着せて散歩するペットオーナーの姿を頻繁に見かけます。本来、イヌにとって不自然なはずの服を着せるという行為はどうして始まったのでしょうか。坂井さんは19世紀のイギリスに注目して、この現象を解明しようと試みました。
「西洋において17世紀末までは、人間は自然に対して受動的で、自然を驚嘆と恐怖の的と思っていたと言われています。この伝統的な自然観に大きな変化が起こったのが19世紀のイギリスでした。この時期、イギリスでは急速に近代化、工業化が進み、都市化が進みました。これにともなって、自然は人間の知力や技術力で操ることができる対象に変わっていきました。かつて畏怖すべきものだった動物に対する姿勢も変わっていきます。当時の犬は広くヨーロッパ諸国で、牛乳の荷車を引くといった使役を行っていました。イギリスではこの犬の運用が19世紀半ばに廃止されています。このころから犬は愛玩動物(ペット)になっていきます。そして広くいきわたったペットに対する多大な関心と過剰なまでの愛情が、服を着せるという現象を生み出していきます」

坂井さんは当時のファッション誌と一般向け雑誌を取り上げて、19世紀イギリスのドッグ・ファッションを読み解いていきます。
「大量に発行されていた雑誌を取り上げることで、一部のペットマニアが犬に服を着せたのではなく、社会のより広い階層、上流階級と中産階級の裕福層がペットを慈しみ、服を着せていたことが分かるからです。こうした雑誌によれば、犬の服はペットショップで既製品を調達するのではなく、仕立屋で誂えます。ベルベットやシルクなどの高級生地を使用して作った飼い主とお揃いの服やドレス、散歩のためのコート、自動車でドライブするためのコートやゴーグルまでありました。また、T.P.O.もあって、午前用、午後のドライブ用、旅行用といった具合に使い分けられています。貴金属(または模造品)のアクセサリーもありました。首輪の代わりにブレスレットやアンクレットが流行し、黒いプードルにはプレーンなゴールドのブレスレット、毛足の長いテリアには磨き上げた金属のアンクレットというように犬種に合わせたファッションが紹介されています。

あきらかにペットに服を着せることはステイタスシンボルでした。同時に自らの血統のよさをアピールする手段でもありました。犬は、かつてのように用途ではなく血統によって分類され、それにともなって金銭的な価値も上ったと言われています。ここで忘れてはならないことは、ペットとしての犬が商品として市場に出されていたことです。市場価値の高い犬はしばしば盗難の対象になりましたが、商品である以上は流行りすたりもありました。つまり、実際にはペット自身が飼い主のステイタスシンボルとしてアクセサリー化され、飽きれば交換される消耗品にすぎなかったのです。もともと愛玩犬の多くは、人間の手で改良されて生まれ、高度に文明化された室内で生活していました。ペットは自然から無理やり引き離され、秩序と従属の世界に押し込められています。そのような存在のペットに服を着せることは、支配(飼い主)と従属(ペット)の関係、秩序(人間)の無秩序(自然)に対する圧倒的な勝利をビジュアル化することになると言えます。

このような現象は、現代日本のドッグ・ファッションにもそっくりあてはまります。人気ファッション誌の最新号記事を見ると、一流ブランドの高価な犬用コートやキャリアケース、リードなどがふんだんに紹介されています。つまり、現代日本においても高価なペットに高級な服を着せることはステイタスシンボルなのです。ペットに服を着せることは、彼らを人間化するというよりはむしろ、あるいは最後に残っているかもしれない自然の最後の印を隠すことかもしれません。日本でのドッグ・ファッションがほとんど大都市に限られているのも、その点に関連していると思われます」
※Letter from CAIRC 2003年7月号より
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