正田先生のどうぶつ物語第九話 昆虫採集が教えてくれたもの
第九話 昆虫採集が教えてくれたもの
中学生時代、私はお昼休みの後、五限目の授業に遅刻してばかりいました。学習院中等部に通っていたのですが、構内には広い森があって、ここが私の遊び場でしたから。昼食の後、毎日のように森の奥に入り込んでいき、始業のベルが鳴ったのにも気づかず、カミキリムシを追いかけてばかり。はっと我に返り、あわてて教室へ走る、そんな子供でした(笑)。もっと小さい頃は動物園の園長さんになりたいと思っていましたし、愛読書は『シートン動物記』や『ファーブル昆虫記』、トカゲやヘビも飼っていました。日本が戦争をはじめようとしている昭和15〜16年頃の中学生ですから軍事教練もありましたが、大変だった記憶より、森の中で昆虫を見つけてわくわくした思い出の方がずっと鮮やかに残っています。

今は、昆虫がデパートで買う「商品」のように扱われていますよね。以前、東京大学の学生と牧場合宿をしたときに、みんなで歩いていてカブトムシを見つけたことがあります。そのときに学生の一人が「初めて野生のカブトムシを見ました」と感激していましたが、私の方は「野生のカブトムシ」という言葉に驚いてしまいました(笑)。子供どころか、もはや親の世代も昆虫をデパートで買っていたということですが、自分の足で昆虫を探すことは貴重な体験になるはずです。昆虫採集は標本を作るときに虫を殺すから子供に勧められないという方もいますが、昆虫採集のプロセスの中にはさまざまな発見があり、感動があります。私も森の中でハチに刺されたり、ヘビにあったり、怖い思いもたくさんしました。でも、昆虫を捕まえるためには、その虫の生態を調べ、どのようなところにどんなふうに棲んでいるか…その虫についてじっくりと考えることになります。また、標本にするために虫を殺すときに、心が痛んだことも覚えています。そんな心の痛みを子供たちが学ぶことが大切だと思います。さまざまな経験を通して、子供たちはいろいろな感情を身につけ、他者に共感したり、思いやりを身につけたり…という面があると思います。

デパートで珍しい昆虫を買うというのでは、おもちゃを買ってもらうのと同じような感覚になってしまいがちです。生物に対して、飽きれば放り出す「おもちゃ」として扱う行為はたしかに残酷です。でも、デパートで買った昆虫と接していたのでは、昆虫が自分たちと同じ生き物だということを実感しづらいかもしれません。昆虫でも他の生物でも自分で生態を調べ、自分の足で探して、自然の中で発見する。そんな経験があって、初めて感動が味わえるし、自然の奥深さや、生命の神秘に気づくはず。少なくとも私が動物にかかわる仕事を続けることになった理由の一つは、子供の頃の昆虫採集にあると思っています。
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