根津に、ときどき立ち寄る飲み屋があります。私がまだ東京大学の助教授だった頃から通っている店で、今は先代の息子さんである「大ちゃん」が店主になっています。先日も店で犬の話をしていたら、大ちゃんが彼の飼い犬の話を始めました。大ちゃんのことは子供の頃から知っているけど、彼も大の動物好き。いつも何かを飼育しています。
「うちで飼っていたポメラニアンのうちの1匹が死んだときのことなんです」
その出来事は、数年前、エムとショーという2匹の間で起きました。
「仕事に出かける前に年上だったショーが死んだので、亡骸をタオルで包んで仏壇の台の上に乗せ、うちを出たんですよ。でも、帰ってきて、仏壇を見たら台の上にショーの姿がない…。驚いて見回すと、部屋の隅にショーが移動しているんです。それも、タオルははがされ、顔中をなめられたらしく毛が濡れたように固まっていました。そのうえ、口の近くにはたくさんのペットフードが並べてあるんです」
一瞬ぎょっとするような話ですが、もちろん、犯人はエム。だれも相手をしてくれない部屋でエムが、動かないショーのタオルをはがし、ひっぱってきて、顔をなめ、ペットフードをショーの口元に運んでいたというわけです。
「本当はどんな意味があったのかわかりませんよ。でも、エムはショーが死んだことがわかっていなくて、ショーを起こそうとしていたみたいでしょ。そう思ったら、突然つらくなって、こっちも泣けてきてしまいました」
と大ちゃんは言います。
このような話を聞くと、犬の仲間意識に対してじんとしてきます。犬の祖先・オオカミはもともと群れ生活を送っていた動物です。それもバイソンやウシカモシカのような大群ではなく、家族単位の小さな群れで生活していました。だから、主人に従順なだけではなく、仲間に対する愛情もある。エムの行動は1匹になって寂しかったということもあるだろうし、ペット同士の「思いやり」とも言えるでしょう。
今、私たち人間でも思いやりの気持ちをもてないことが少なくありません。他者に対する思いやりの気持ちをきちんともっていたら、人間関係も円滑になるし、短絡的な喧嘩をすることもないはず。他人の痛みを想像できないために起きる犯罪も多いものです。心を育成するうえで大切なものなのに、なんでも与えられて当たり前の環境ではなかなか身につけることができません。ペットを飼うと、子供たちの心の育成に有効だという研究報告も増えていますが、こんなエピソードが人の心をとらえるのは確かだと思います。
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