茨城大学で教鞭をとっていた頃、お昼休みになると学内を散歩するのが私の日課でした。大学は昔の兵舎を利用した建物で、昔ながらの庭園もありました。庭園の池には3匹のカメがいて、散歩の途中で彼らを眺めていると、非常にくつろいだ、ゆったりした気分になったものです。捨てられたものか、どこかから迷い込んできたものでしょう。1匹はミシシッピアカミミガメ、あとの2匹はイシガメ。えさに反応する姿はかなり賢い動物に見えました。弁当の残りを投げてやりながら、最初はなんとなく彼らの行動を見ていたんですが、いったい彼らの知能はどのくらいだろう、と考えたことから、ちょっとした実験を行うことにしました。実施する時間はお昼休み。エサを与える前に必ずポンポンと手を叩くことを決めました。それも、いつも同じ場所で与えるのではなく、毎回、エサをやる場所を変え、観察する。最初こそ、戸惑っていたようですが、1ヵ月も続けると、手を叩くと音の発信源のほうにスーッと泳いでくる。なついてくれると、なかなか愉快で、かわいくて…。昆虫学者の石川良輔先生(東京都立大学名誉教授)が著された『うちのカメ−オサムシの先生カメと暮らす』には、石川先生の飼っていたカメが膝に乗ってきて甘えたり、家の中を点検するように順番に部屋を回ったり…頭のいい動物だと書かれていますが、まさにそのとおりでした。
そうやって親しくなった我々ですが、晩秋、彼らは池から消え、冬眠に入りました。この期間に覚えたことを忘れてしまうかもしれない、という不安もありました。そして、彼らの知能がわかるのは冬眠の後だな、とも思っていました。そして、翌年3月。池のほとりを歩いているときに、冬眠から覚めたカメの姿を見つけました。前年教えたとおり、手を叩きましたが、寄ってこない。「同じイシガメだけど、他の個体かもしれない」と思ったり、同じ個体だとすれば実験は失敗だったかもしれない、と思ったり…。でも、あきらめず、翌日も、その翌日も手を叩きました。すると、3〜4日目、パンパンという音に反応してそのカメが寄ってきました。エサを与えると、前年と同じようにくわえて、水の中にもぐっていきました。ターンして潜っていくその様子がイシガメのうち、大きい個体の方の個性を表していて、「覚えていたんだね」と嬉しかったのを覚えています。
カメは感情を表すことの少ない爬虫類です。人と感情の交流は少ないと思われています。そのわりに、カメが好きという人は多く、感情の交流が微弱であればあるほど、人間のほうの思い入れが大きくなるという一面があるようです。私は彼らの餌に、弁当のパンなどを与え、3匹とパンを分け合ってきました。お昼休みの彼らとの交流は、ほっとするひとときで、毎日楽しみにしていたのを覚えています。「コンパニオン」とはパンを共有するという意味ですが、あの当時、わたしにとって彼らはまさしくコンパニオンアニマルだったなあ、と懐かしく思います。犬や猫はもちろんですが、爬虫類も対応によっては人との間に温かい関係をつくることができると、彼らとの交流を振り返るたびに強く思います。 |
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